2008年7月アーカイブ

2008年7月7日

朝目覚めると空はどんよりとした曇り空。

今日は釧路地方は曇りのち雨の予報だ。

早朝から撤収を開始6時に砂湯キャンプ場を出発。

R241~R274、毎年のように同じルートをひたすら飛ばし、鹿追町から新得町に入りR38狩勝峠を超えて富良野エリアへ。

 

中富良野町まで来た時には丁度12時になっていた。

中富良野森林公園裏手の小高い山「北星山」に周囲の景観に溶け込んだオシャレな店が目にとまった。

北星茶寮」と言うカフェ&レストランだった。

落ち着いた雰囲気の店内。

オリジナルトマトソースとソーセージをトッピングしたランチピザを注文。

後で知ったのだが、チキンカレーが人気メニューで、テレビでも紹介されたそうだ。

残念なことに2011年4月に閉店し、現在オーナーは上富良野町に引っ越し休養をとりながら次の展開を考えているそう。

 

昼食後、ファーム富田で開花時期を迎えたラベンダー畑を眺める。

14時 本日のキャンプ地、上富良野日の出公園キャンプ場に到着。

まだ、時間が早いため駐車しているバイクの数は少なかったが、夕方になると続々と集まって来た。

確か知床で会ったアメリカンのライダーにも再会する。

この後はどうしていただろうか?記憶が殆どない。

おそらく、美瑛方面に出かけたのだろうが天候がぱっとしないため写真も全く撮っていない。

 

2008年7月8日 帰宅

晴れてはいるが薄い雲が広がりやや日差しの弱い日だった。

駐車場で帰り支度のため荷物を積んでいると、向かいで積み込みが完了して出発直前のスポスタがとまっている。

スポスタの持ち主は女性ライダーだった。

話をすると、医療関係の仕事をしているのだがこの度会社を退職し、このチャンスに1カ月ほど北海道をツーリングして周っているそうだ。

色々お話をさせていただいたので、記念に2ショット写真撮影。

いまはすっかり途絶えてしまったが、ツーリングから戻った後も暫くメールのやり取りをさせていただき、お互い撮った写真の交換をしたりした。

登山も好きな方で、山の写真も色々送っていただいた。

良い写真だったので、ちょっとだけ勝手に掲載させてもらおう。奥穂高あたりの写真だそうだ。

怒られるかな?。。。後で了解をもらおう。。。

岐阜県高山市の医療関係に再就職されたところまでは知っているがその後どうしているのだろうか?

 

キャンプ場を出発したが、まだ早い時間だったので美瑛周辺の景色を見にぶらりと走る。

やはり晴れてはいるがいまひとつスッキリしないので途中でやめて自宅に帰ることにした。

 

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やっと2008年の夏まで過去ツーの書き込みが終了した。

残るは2008年秋~2011年、、、ガンバロウ!

2008年7月6日

朝からキャンプ場前の湖面を水上バイクが走りまわり、うるさい。

あまりブログで批判的な記事を書くのは良くないと思い控えるようにしているのだが、水上バイクだけはどうしても苦言を言いたくなる。

まず第一に水上バイクを乗る人の大半がマナーが悪い

自分さえ楽しければ良い、という思考回路だ。

キャンプ場のテントで寝ている人や自然の中に静かに浸りたい人の事など全く気に掛けなることなく、騒音をまき散らしている

それに、近年貴重な水棲植物の生態にも致命的なダメージを与えている事が問題になっている。

ここ屈斜路湖では水上バイクの利用者は仁伏のオートキャンプ場に集結しているが、洞爺湖ではキャンプ禁止の看板が立っている場所で平気でテントを張っているのだ。

水上バイク乗入れを禁止している湖も徐々に出てきているが、まだまだ無法地帯の湖も多い。

水上バイクも大半オートバイメーカーが生産しているのは分かっているのでバイクメーカーの衰退につながるような事は望まないが、でも、もっと大切な物を守るためには湖は全面的に水上バイクの乗り入れを禁止してもらいたいものだ。

 

9時30分 川湯温泉側から登って摩周湖へ

空は雲ひとつない晴天だが、惜しい事に水蒸気が多いのかうっすらとモヤがかかった状態だった。

それでも、昨日の裏摩周に続き晴れ渡った摩周湖を眺める事が出来て満足。

続いて美幌峠を登り、10時50分峠の頂上に到着。

下から熱気が登ってくるのかここはやたらに暑い!

その後のツーリングでもやはり同じ思いを何度となく味わった。

峠の頂上から写真を撮ったり、眼下の道を登ってくるバイクやパラグライダーを眺めていると、何故か私ばかりに「写真を撮ってほしい」と観光客が3組集中してきた。

特別撮影が上手な訳でもないのに、何故?

 

峠を下り和琴半島に立ち寄る。

和琴半島公共キャンプ場の状況調査。

サイトも非常に平坦な芝地で寝心地はかなりよさそうだ。

バイクの乗り入れも可なので、便利。

比較的狭いサイトの割には、トイレと炊事場の数が多く近い。

ゴミも分別で全て捨てることが出来る。

周囲も静かな環境で申し分のないキャンプ場だと思うのだが、湖畔にありながら湖が見えないせいか、いつも利用者の数は少ないようだ。

大半のキャンパーは湖畔のキャンプ場に行ってしまうようだ。

探勝路を歩き、和琴半島露天風呂の見物に行く。

三日月形をした特徴的な露天風呂で、一方が湖畔に接している。

夜になればキャンプ場の利用者が入浴にくるのだが、日中は観光客が見物に来るくらいで、入浴している人の姿はない。

 

やはり日中落ち着いて入浴できるのは、ここコタン温泉だな。

この日も道外から観光に来られている年配の方と温泉につかりながらお話をさせてもらった。

 

さらに、この日は欲張り有料の温泉にも入浴。

川湯温泉街にある「温泉浪漫の宿 湯の閣 別館池田屋」で日帰り入浴。

露天風呂

この時の感想はこちらですでにアップしている。

 

 

温泉、摩周湖ともに満足できたので、この日も早めにキャンプ場に戻りのんびり過ごす。

ビールを飲みながら、湖畔の向こうにゆっくりと沈む夕日をながめていた。

 

 

2008年7月5日 晴れ

テントを撤収し荷物をバイクに積み込み出発。

と、うっかりバランスを崩してバイクを倒してしまった。

荷物満載状態のバイクをひとりでは簡単に起こす事ができない。

ひとりで悪戦苦闘を続けているが、さほど遠くないところにライダーが2人談笑している。

が、中々こちらの状況には気づいてくれそうにない。

仕方なしに頼みに行って、手伝ってもらう。

気を取り直して出発する。

 

7時25分 知床五湖到着

この頃から五湖周辺の整備が始まっていたはずだ。

真新しい木道が設けられており、一湖ちかくまで延びた先に展望台があった。

展望台からの一湖

ちょっと写真の色合いがおかしい。

 

8時6分 知床横断道を登り、知床峠に到着。

やや雲がかかっているが、羅臼岳も良く眺められた。

9時 道の駅 知床・らうす に到着

霧がかかっており、やたら視界が悪い。

相変わらずウトロ側と羅臼側とでは真逆の天候だ。

ここから先の天気に不安を感じつつ、中標津方面へ。

 

 

羅臼町からR335を南下し標津町からR975を通り開陽台へ。

いつものツーリングと丁度逆回りのルートだ。

 

何度も来ている場所だが、天気が良いので開陽台にも寄ってみる。

東京ブラススタイル

展望台からの景色を眺めながら、ふと駐車場を見ると。。

おしゃれな若い女の子のグループが展望台に向かって歩いてくる。

「何か違うな」。付き添いの人もいるようだ。

乗って来た車も、おしゃれなクラシックカーだ。

ボディに何かシールが貼ってある。

彼女たちはトランペットやサックス、トロンボーンなどの管楽器でアニメソングや様々な楽曲をジャズアレンジで演奏する、10人のグループ。

グループの内ひとりは北海道出身。

東京ブラススタイルは、2005年から活動を続けており、別名「ブラスタ」と呼ばれている。

全国でライブを中心に活動しているが、この時は7月3日中標津町の文化会館でコンサートが終わった後の観光地めぐりのようだった。

 

開陽台を出てR150を養老牛方面に進むと、農場の中に雰囲気のよさそうなレストランが目にとまった。

11時20分、ちょっと早めの昼食をとることにした。

店の名は佐伯農場 レストラン牧舎(ぼくしゃ)」

1987年から当時では珍しい農家レストランとして開業した。

店の定番メニューである「牧舎カレー」(800円)を注文。

牛のすね肉をじっくり煮込んだカレー。

 

裏摩周と神の子池

清里峠を越え12時ちょうど裏摩周展望台へ。

今日こそは晴れた摩周湖を見る事ができそうだ。

裏摩周ではあるが、念願の摩周湖。

久しぶりに「神の子池」にも寄ってみる。

やはり青空の下だと、池の青さも一段と引き立ち神秘さを増している。

 

牛の文字

R150(摩周湖中標津線)から見える、こんもりと丸みを帯びた小高い山(モアン山)に、大きく「牛」の一文字が書かれいる。

中標津町の農家、酪農家、JA職員らが結成する「五郎’S会」のメンバーが牛乳消費低迷の折に提案されたそうだ。

当初は「牛乳」と2文字にする事も検討されたようだが、色々な問題を考慮し「牛」の一文字としたそうだ。

「牛」の一文字から見る人によって色々な思いをはせてくれればとの願いが込められている。

 

砂湯キャンプ場

14時20分 屈斜路湖砂湯キャンプ場に到着

翌日も1日この周囲をゆっくり巡るつもりなので、テントを設営後のんびりと過ごした。

 

つづく

2008年7月4日

毎年恒例の夏の道東ツーリングのスタート。

いつものワンパターンコース(室蘭→苫小牧→鵡川→日高→日勝峠)で、これまた毎年のように小雨にあたりながら走り続けてきた。

9時丁度、道の駅「しかおい」でいつものように休憩。

 

いつものツーリングならば、この先足寄から阿寒横断道路を通って弟子屈町に出るところだが、あまりにもワンパターン過ぎるので今回はコースを変更してみた。

阿寒温泉街に入る手前からR240を北上し剣北峠を通り津別町を抜け網走側に出るルートを選択した。

美幌町までは約52キロの道のりだが、山の中の寂しい農村の風景ばかりで、目にとまるような景色も施設も特にない。

淡々と走り続けた。

女満別湖畔

飽き飽きする道をじっと我慢で走り続け(多分、もう通る事はないだろうな)12時10分女満別湖畔キャンプ場に到着。

ここで今日キャンプする予定ではないのだが、ウトロと女満別を候補地に挙げていたので様子見に立ち寄る。

以前マイカーで道東旅行をした時に、ここでキャンプしたことがあった。

その時は、ファミリーキャンプやライダーもかなりの利用者があったのだが。

現在は7月上旬。道外ライダーもあまり上陸していない。

時間的に一通り撤収した後なのだろう。誰一人いなかった。

「今回、ここはパスだな。。。」

 

メルヘンの丘めまんべつ

道の駅「メルヘンの丘めまんべつ」で休憩。

周囲は広々とした畑の風景が拡がっていた。

「メルヘンの丘」 どこがメルヘンの丘なんだろう?

この時はまったく知識がなく、この後「メルヘンの丘」と名付けられた場所も通り過ぎて網走へ向かってしまった。

女満別と言えば、農産物の他はさくら豚(後で知ったのだが)、それに網走湖で獲れるしじみだな。

と言うことで、道の駅に並んで建っているラーメン店「ウィンズ2」でしじみ塩ラーメンを注文する。

確か900円だった記憶がある(写真は撮っていない)

しじみのダシが良く出ていて中々のお味だった。

気温も上がり暑くなってきた。

体が冷たい物を欲求しているので、ほのかの抹茶ソフトを食べる。

 

網走市街でガソリンを給油したあと、R244を斜里方面へ向かう。

前年あたりからだが、原油価格が高騰しガソリン代も異常に高い。確かレギュラーでも170円代まで跳ね上がったはずだ。

いくら燃費の良いバイクとは言っても、財布の負担は大きかった。

おまけに、前年あたりからZZRの燃費も落ちだしていた。

通常なら20km/Lは間違いないのだが、この頃は17km前後だ。

どうやらキャブ周りが悪くなってきているらしい。

 

網走市と斜里町との中間地点、小清水町の原生花園に立ち寄る。

季節によって色々な野生の花々が咲いているそうだが、この時目に映ったのはハマナスとエゾカンゾウくらいだった。

 

原生花園の中で数頭の放牧された農耕馬が草を食べていた。

 

 

オシンコシンの滝

斜里町を通過しR334(知床国道)をウトロ方面に向かって快適に走る。

ウトロの手前にある「オシンコシンの滝」を久しぶりに見物。

落差のある岩盤を大きく2つにわかれて拡がって滝が流れ落ちている。

日本の滝百選にもえればれており、観光客も多く訪れていた。

「オシンコシン」はアイヌ語で「川下にエゾマツが群生するところ」から名付けられたそうだ。

 

国設知床野営場

16時  国設知床野営場に到着

ウトロ市街地から急坂を登った高台にキャンプ場がある。

高台からはウトロ漁港が見渡せ、観光ホテルが林立している。

しかし、ここのキャンプ場敷地の隣は墓地になっており、キャンプ場から木立を通して墓石がまともに見える。

私はあまり気にしない方なので墓場に一番近い場所にテントを張った。

墓場の事を気にしなければここは中々良いキャンプ場だと思う。

大抵の場所は車両の乗り入れが可能なので、テントの近くにバイクも駐車できる。

さらに買い出しにも便利で、高台を降りたすぐ下にはコンビニもある。

温泉はキャンプ場のすぐ隣にはホテル「夕陽のあたる家」があり、日帰り入浴が500円。

徒歩3分くらいのところには町営温泉夕陽台の湯」がある。

テント設営完了後、下のコンビニで買い出しを済ませ。

今回は「夕陽台の湯」に入浴。

小ぢんまりとした温泉だが、観光客や地元の利用者で賑わっていた。

入浴料金は500円だが、町内在住者は400円で入れるそうだ。

夕陽台の湯の露天風呂

名前の通り海に沈む夕日をダイナミックに見ることが出来るのか、と期待したが木々に囲まれた間からかすかに木漏れ日が差し込む程度だった。

それでも、良い温泉であることには違いない。

 

キャンプ場の脇には簡単な展望広場が設置されており、ウトロ漁港が見渡せる。

漁港の中心にゴロンとした巨大な岩がある。

オロンコ岩と言われており、その昔この辺に住んでいた「オロッコ族」からその名がつけられたそうだ。