2017年7月8日
天気が良いので、道南方面に日帰りツーリング
長万部の直線道路
今回は八雲町から雲石峠を越えて日本海に出て、そこから海沿いを南下して江差町に行き、これまで一度も見た事がない開陽丸博物館の見物がメイン。
雲石峠の頂上にて
雲石峠を越えて日本海に出て、追分ソーランライン(国道227号)を南下する。
一応晴れていはいるが、内浦湾側よりは雲が多いな
道の駅江差で休憩
いつ見てもひょうきんな顔をした繁次郎像
休憩していると関西ナンバーの1BOXに乗った旅行者の男性が話しかけて来た。
今回は車での旅だが、普段はバイクに乗っているそうだ。
Versysをしげしげと眺め、「燃費はどのくらい?」と訊ねられた。
答えると、彼はVstrom650に乗っているらしく「まあ、同じくらいやね」と返して来た。
えさし海の駅 開陽丸青少年センター
午前10時、江差町かもめ島の根元にある開陽丸青少年センターに到着
写真の建物(センター)の裏手に「幕末の軍艦 開陽丸」を復元した記念館がある。
開陽丸は1866年(慶応2年)、徳川幕府によってオランダで建造された。
鳥羽伏見の戦い、江戸城開城、徳川幕府崩壊を経て、1868年12月(明治元年)に蝦夷地(北海道)に到着。
同年12月、江差に向かう土方歳三らの陸軍の支援のため、江差に向かうが江差の沖合で暴風雪に遭い座礁、沈没をしてしまった。
実物大に復元された記念館の中には、海中から発掘された33,000点の内約3,000点の遺物が展示されている。
入場料(500円)を払って入館してみた。
大砲が何門か置かれ、音声とともに発射のシュミレーションが演じられている。
ガトリング砲(ガトリング銃)
これは良く知っている。
1861年にアメリカで発明された、初期の機関銃だ。
発明されてから数年しか経っていない当時の日本にも入ってきたんだ。
館内をぐるっと周り、色々な展示物を眺める。
ハンモックで寝ている水夫の人形があった。
水夫はこんな風にして寝ていたのか。
「寝ています。起こさないで」と張り紙が。
ちょっと面白いが、シュール。
甲板にも出て見た。
江差町には他にも開陽丸の近くのかもめ島や姥神大神宮などの観光名所があるが今回は時間の都合もあり、ここの見物だけにとどめておいた。
事前に調べておいた江差町内のレストランで食事をしようと、店に行ったが、残念なことに団体客の予約で貸し切りになっていた。
おそらく二度と来る事はないだろうな。
仕方がないので、次の目的地である厚沢部町の俄虫温泉に行く道すがらで食べるところを見つけることにした。
が、これと行った店が全然ない。
厚沢部町 俄虫温泉
結局、何も食べずに俄虫温泉に到着
「何か食べるものがあるかな?」
幸い食事もやっていたので、親子丼(600円)を注文、浴場前の休憩所まで運んできてくれた。
メニューはどれも良心的な金額で、食べた親子丼もおいしくボリュームも十分あった。
毎月26日(風呂の日)は料金が割引になるらしい。
温泉を堪能し、国道227号(大野国道)を通って、函館側の七飯に出る。
この道路は特に特長もない山道を通るルートで、走ってもあまり楽しくはなかった。
八雲町にある噴火湾パノラマパークで休憩
パノラマパークの展望広場まで来たのは初めてだったが、中々の良い眺めだった。
あまり道南方面にツーリングに行くことはないのだが、もしまた江差方面に行く時は、もう少し周囲の観光スポットも見て見ようと思う。
END
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